やりすぎないこと
再度老健の業務を考える。
食事介助は大切な介護業務である。
食事をしっかり摂ってもらうことは良いことであるが、
高齢者の介護を担う老健ではこの考えがしばしば支障を来す。
栄養会議で管理栄養士は「○○さんが最近、職が細くなり体重も減り
何とかしなければならない。食事に高カロリーの飲み物を追加したい」と言われる。
食事介助をしている職員が「○○さんもっと食べなければだめですよ」、
など言いながら半強制的に食べさせていることもある。
高齢の利用者はおいしそうでなく時に苦痛の表情を浮かべる。
無理に食べさせて食後、しばらくして吐いてしまい、その時に誤嚥して
肺炎になった利用者もいた。
高齢者は少しずつ老衰の傾向となっていく。体重も減ってくる。
体の代謝も悪くなりカロリーも一般成人ほど必要でなくなる。
動きも緩慢で臥床時間も長くなる。
食事をしただけで疲れて寝てしまう人もいる。
食事量が減ったのは食べる必要がなくなったのである。
必要がないのに食べさせられるのは高齢者にとって過酷である。
高齢者の食事についての教育の必要性を感じる。
老健では利用者の為に介護の一環として様々なレクレーションが行われる。
介護職員はいろいろ趣向を凝らす。カラオケなども行われる。
高齢者をリカバリーさせるために参加を促す。
いろいろなことを行うことは認知症にも効果的と言われているので
職員は使命感から出来るだけ参加させようとしている。
家族にこれだけのことを行いうれしそうだったと伝えると家族も喜び
施設に対し感謝し快く思うであろう。しかし利用者の中には行きたくないと
拒否する人もおられる。
職員は何とか参加させるために如何にお誘いをしたらよいかを考えている。
しかし人は様々である。中には一人で過ごしたい人もいる。
他人に煩わされることなく一人でいることにより幸せな気持ちになる。
高齢者と一括りにして対応するが、一人でいたい人にとっては大変苦痛である
と思う。介護する時、一人の人間として尊重して対応しているかが問われる。
○○さんは風邪をこじらせなかなかベッドから離れることが出来なかった。
もういいかなと思うと微熱が出る。そのような時には食欲も低下する。
ようやく回復したなと思った時には、見るからに体力は落ちてしまったことが
わかるほどだ。
すぐに看護師から理学療法士がリハビリを始めてよいか聞かれたという。
私は「まだ駄目です」と伝えた。体力的に落ちており気力も低下している。
もう少し様子を見て顔や目に生気が戻ってきたら行いたい。
それまではベッドから食堂に行くこと、車いすに座っている時間を徐々に
長くすることだ。リハビリの人は職務に忠実で早くリハビルを行うことは
良いと信じているのであろうか、リハビリを行えばリハビリ加算が取れて
経営者も満足してくれるし家族も納得してくれるかもしれない。
しかし対象は高齢者である。臥床時間が長くなり老化は加速した状態であり
今リハビリを行うことはその人にとって苦痛ではないか考えることも必要である。
職員は若い人がほとんどである。
核家族となり老衰ということが解らないのかもしれない。
高齢者と施設の利用者をひとくくりにするのではなく、
それぞれの人格を尊重することが必要である。
すべての人は異なるのであり、状態によりやり過ぎないこと、
やらないことの大切さも知ることも必要ではないか。
施設の経営は大事であるが、介護は介護であり、そのうえで経営なのであろう。
人により、状態により手をかけない大切さを忘れないことである。
老健は様々な人が生活しているが高齢者になると更に年齢、認知症の程度、
体力などの影響も加わり個人差はさらに大きくなっていることを感じる。
まずはコンサルタントにご相談下さい
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