» <第2章>Vol.16 老健の医療

私が現時点で考えている老健の医療

 

 

 

現時点で考えている老健の医療について書いてみた。しかし、老健の現状より、私の考えは道端に落ちている小石のごとく殆んど気が付かれることはなく、発表する場も与えられないであろう。私は幸いなことにブログという場を提供してくれた友人がいる。勇気をもってブログに載せることにした。

 

 

 

 

介護老人保健施設(老健)の医療は高齢者医療を考えるヒントになる。

「介護医療」と「行わない医療」の存在と価値

 

少子高齢化が進み、要介護者を抱える家族が増え介護老人保健施設(老健)は以前より一般に広く知られるようになっている。一方、病院とは異なる制約の中で老健の医師(管理医師)による医療の専門性は漠然としている。それは管理医師の前歴が様々であり、施設により医療の対応が異なることも一因と思われる。老健の目的は在宅復帰であるが、重度の利用者が多く、家族の介護困難も重なり、在宅復帰の達成は益々困難な状況にある。内科医として老健の医療に従事し高齢者医療を考えるヒントになると思われることを述べてみたい。

 

 

老健における医療の制約

ほとんどの老健は胸部レントゲン写真などの画像診断は出来ない。血液検査は可能であるが外注で結果は早くて翌日である。介護度別に支給される介護報酬は定額で医療費も含まれるので高額や多量の薬剤の使用は経営を圧迫する、しかも健康保険適応ではない。そこで検査や治療にコストをかけない医療を管理医師は考慮する。薬剤は安価なジェネリックを使用する。老健に勤務した当初はその他の制約もあり内科医として失望や戸惑いを感じたものである。しかし、管理医師として経験を積むにつれて制約があるが故に高齢者医療について新たな観点が得られやりがいを感じている。

 

 

介護職員との連携による「介護医療」

老健では介護職員は長時間にわたり利用者に寄り添っており、利用者の僅かな変化も気が付いていることが多い。 早朝、私は利用者の状態を把握するために各フロアーに行くことにしている。夜勤の介護職員が認知症の利用者が昨日と比較し今朝は元気がないと伝えてくれた。看護師と共にバイタルを測定すると微熱がある。理学的所見はなく、尿検査を行い尿路感染症と診断され抗菌薬を投与する。この間、介護職員が私に伝えてから20分は経っていない。この利用者は翌日には平熱となりいつも通り朝食を食べていた。介護職員がいる老健ならではの早期診断、早期治療といえる。通常でも高齢者はその日により体調が変化するので異常を察知しにくいがベテランの介護職員は状況を把握しており頼りになる。

 

老健の診療において介護職員の存在は多くのメリットがあると感じており、私は介護職員も参加する医療を「介護医療」と称している。医師が「介護医療」を認識し介護職員への啓発と連携に努め看護師と共に医療の協力者になってもらうことは老健の医療の制約を超え、むしろ高齢者に適した医療を行うことが出来る。介護職員が介護のみならず医療にも寄与出来ることは彼らの存在価値を高め、モチベ―ションにも良い影響を及ぼすと感じている。

 

 

インスリン注射薬療法から経口薬療法への変更により開かれる利用者の今後

インスリン治療中の糖尿病を合併している利用者が病院より入所となる。入所後、治療を継続するが看護師によるインスリン注射や頻繁な血糖測定は高齢者には過酷であり疑問を感じる。インスリン治療中の利用者が特別養護老人ホームや有料老人ホーム等を希望しても入所は困難である。そこで今後のことを考え家族の了解を経て積極的に経口薬への変更を試みている。高齢者は予期しない低血糖などのリスクを伴うと言われているが老健は時間的余裕があるので慎重にゆっくり変更を行うことが出来るし、看護師、介護職員の複数の目で常に観察されているので安全性は高い。今まで試みた利用者は予想以上に経口薬への変更に成功している。これも介護職員の協力を得た「介護医療」であり、利用者や家族から感謝されることは嬉しいものだ。

 

 

「行わない医療」への変更

ポリファーマシイからの離脱

利用者の薬の多さに苦慮することがある。15から20種類以上の多量な薬剤を服用している入所者も少なくない。嚥下機能低下を認める高齢者が多量の錠剤をヨーグルトにいれて苦しそうに流し込んでいる姿を見て薬を早く減らしてあげたいと思った。薬を減量するには勇気が必要である。先ず、家族の了解を得て、必要最低限の薬剤に徐々に減量している。多量な向精神薬を減量し禁断症状を思わせる症状が出現したことも経験した。複数の科に受診しており科ごとの連携がないことも多剤投与の原因の一つと思う。老健の経営的にも良いことであり中止や減量を行っているが、それにより病状が悪化した例は経験していない。むしろ、ADLの低下や傾眠傾向の利用者が見違えるように改善を認めた例は少なくない。このような時には家族に感謝され管理医師であることを嬉しく思うものだ。長期投与されている薬剤の減量や中止は多職種の職員が利用者を常時看ている老健では比較的容易に行える。老健の医療に携わり医原病ともいえる薬剤の副作用の多い事に驚かされる。

 

 

誤嚥性肺炎

利用者が昼食後 嘔吐し誤嚥した。直ぐに看護師が何回も吸引する。サチュレーションは90%、肺雑音は軽減したが、まだ明らかに聴取される。誤嚥性肺炎と診断し禁食とし点滴、抗生剤の投与を開始する。家族と相談し施設で治療継続とする。その後、発熱を認めたが2日後には解熱、4日後には肺雑音聴取されず治療食を開始した。同時に発症後初めてCRPなどの血液検査を行いその結果で内服薬に切り替えた。経過中、医療施設に依頼するレントゲン写真は撮らなかった。病院とは異なる老健の医療であり高齢者に負担とならない「行わない医療」といえる。

 

 

看取り

看取りは老健の使命といっても過言ではないと思っている。

利用者と老健との関りのモデルとして在宅復帰をはたし再入所、在宅を繰り返し、その上で看取りまで行うことが言われているが、現状とは隔たりがある。利用者の多くは在宅復帰が叶わず家族は施設の継続を希望される。利用者の老化が進行し老衰が主な場合は特に老健での看取りの適応になると思われる。看取りは在宅復帰と同じ扱いなのでベッド稼働率や在宅復帰率からも老健の経営上のメリットがある。家族との連携のもとに老健での看取りを行うことになり、老衰が明らかな終末期の状態では「行わない医療」が医師の丁寧な説明と家族の了解のもとに施行される。また看取りは医療費の抑制につながることを知っておきたい。

 

 

 

管理医師の医療的役割を明確にすることは老健の発展に必要

 

今まで医師は患者の為に出来るだけの検査を行い、出来るだけの治療を行う教育を受けてきたように思う。 それは今ほど長生き出来なかったことも関係すると思われる。高齢化社会となった現在、終末期を見据えた医療があってよいと思われ、そこには「行わない医療」が存在する。しかし、一般医療施設の健康保険医療は患者や家族の希望もあり「行わない医療」が出来にくい。老健での診療に携わることにより「行わない医療」の効果を予想外に経験している。老健の経営的にメリットがあることや、検査や治療を積極的に行う医療について学んだからこそ、高齢者の「行わない医療」が可能になるなどの思いが湧く。

高齢者の医療は未知のことが多い。薬剤の効果や副作用の出現頻度も一般成人とは明らかに異なることを実感する。老健の医療は高齢者医療を考えるヒントになると思われる。

 

更に老健の管理医師を目指す医師は少ないがそれは管理医師の医療的役割が明確でないことも関係しているように思われる。他の医療分野より見て老健の医療が特徴ある意義を見出すことが必要と思われるが、ここで述べたことはその部分が見えてきたように感じている。

 

 

 

老健施設で働きたい医師を募集しています

まずはコンサルタントにご相談下さい

先生の貴重なご経験を生かすにはまず、
こちらから!

老健管理医師として働きたい方
採用ご担当者様
お問い合わせはこちら

PAGE TOP